2010年11月29日月曜日

ひいじいちゃん

ひとまず抄録らしいものができたので週末を振り返り。
息子と娘をつれて群馬のじいじ ばあばのおうちへ
ひいじいじ ひいばあばは最近すこし ぼけてきているが赤ん坊をみせると
きれいな笑顔。ありがたいなあ。
おじいさんおばあさんには寄り添っていこうね。 とは確か金八っつあんの
セリフ。
うちのひめさまはこの手をきれいな手じゃというてくださる。、はたらきものの
きれいな手じゃというて下さるんじゃ
とはナウシカの谷のじさまのセリフ。
自分自身も。息子たちにも持っていてもらいたい大切な心の方向

焼肉でじいじの還暦とばあばのpre還暦をお祝いする。
銀行員を勤め上げた義父のことばはいつも深い。
まっすぐをそのまま貫いた男の仕事観。

そのあと妻と妹と飲み屋へ。
進路のはざまで漂う義妹への言葉はそのまま自分への言葉。

自分の父は3年?前にgliobrastomaで逝った。
そんな父が結婚式で語った言葉。

「彼の姓名判断をみたら さすらいのギャンブラーとあった。
しかし彼は非常に恵まれたギャンブラーであったと思う。
よい師にめぐまれ、よい友にめぐまれ・・・。」

まったくその通りであったとおもう。
その後 「運は使い果たしたのかな?」
と思うような時期もあったが、義妹と結婚の話をしながら
ふと思った。

結婚という人生最大のギャンブルに自分は勝っている。

結婚とは と話すと長くなるが、要するに
結婚してみないとわからないことがたくさんあるし、分譲物件を
買うような気分で、よい結婚は手に入らない。
とまあそのような話の中でそう思ったわけだ。

結婚は分譲でなく
二人で土地をみつけて二人でどんな家にするか考えて
木を削って土台をつくって・・・ そんな作業ではないかと思う
であれば 良い物件かどうか?ではなく、家をつくる作業を
ともにしてゆける相棒かどうか?ではないだろうか?
例えはいまいちかもしれないが・・・・。

そんな相棒かどうか の嗅覚を自分は間違っていなかった(多分)
感謝しております。

今週は出稼ぎが多いのでがんばろう・・・。

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