2013年5月22日水曜日

90代女性

90を超えた女性。
数回の脳梗塞をくりかえし、時折発語があるが実用的コミュニケーションはとれず
寝たきり。 経口摂取は困難であったが、家族の希望で胃瘻増設なし。
15年ほど前から施設入所


脳梗塞急性期は病院で過ごしたものの経口摂取は困難。
しかし
月額40~50万の施設で1日数時間かければ経口摂取が可能であったため
新しくさがしたその施設へ入所

3人娘がおり、各々自立 孫は多数 孫もほぼ自立。

「夫婦でためた貯金であるから二人のために使えばよい。」
3人の娘はそう考えて 母の入所を継続。

「家ではあれほど時間をかけて上手には食べさせられない」
「どこかの家庭でみれば そこに多大な負担がかかる」
「介護負担で3人のどこかが倒れれば下の世代に負担がかかる
 それは避けたい」
 
それらしく聞こえるが・・・・。

まずその女性は 夫とようやくためたお金をそのように使ってほしかったのか?
子孫たちが困った時に虎の子としてとっておく大事なお金だったのではないか?
月50万 年間600万 
孫やひ孫が 家庭の事情で進路をあきらめざるを得なくなるかどうか瀬戸際で
救われることがあるはずじゃないのだろうか?


介護負担 という点では既に発語も乏しく、動くこともできない。
本人の運動障害は重篤だが 介護負担は逆に低い。

下の世代 というが
自分たちが泥を飲みたくないために下の世代に残すべき金を浪費している
という言いかたもできる。

泥 とはなにか?
「なすすべなく自宅で母が死ぬことの十字架を背負う事?」
「自宅で介護をする労力??」

家族と協力者がその時置かれた状況でできるケアでは命をつなぐことが
できなくなったとき。 高齢者において とくに超高齢者においては
そこが寿命では  だめですか?

家族でない者に1日数時間かけて食事をとらさせられ、
子孫のためにためたはずのお金を「あなたのため」 という事で
どんどん使われることと、
家族の手間を省くため胃瘻をつくって しかし自宅でなんとか
みていくことと・・・。 どちらが侵襲的 だろう。

今の自分は圧倒的に前者が侵襲的であるとおもう。